トレードで成績を上げるにはトレード回数を増やせばいいというものではない。
トレード回数の多い人は仕掛けと手仕舞いを延々繰り返し、小利でも利益を得ることに満足してしまっているのだろうが、それが成績向上につながるわけでは決してない。

トレード回数を増やしても儲からないのなら、トレードそのものの質を上げるという議論になる。
質を上げることは、トレード回数を増やすことよりも重要であることはわかるが、
では、
『 どうすれば質を向上させることができるのか? 』
ということになる。
要するに”質と量”の問題となる。
量をこなさずに質だけ上がることはまずない。
普通は実践で検証されてこそ質が向上していくことになる。
しかし、
何も考えずにトレード回数を増やした結果がどうなるか?は、すでに経験済みの人も多いと思う。
私も経験したが、何も考えず回数を増やしても駄目なことが、心の底からわかることになる。
だからこそ、昨日も言ったように
プロ競輪選手の言葉、「仕事は練習、レースは集金」
ということにつながってくる。
事前準備を怠るなということだ。
トレード前によく考る必要がある。
この”考える”ということも質と量の関係を無視できないからややこしいことになる。
思考の質を良くするのは、一朝一夕にはいかない。
「よし、明日から思考の質を良くしよう」と思っていても、中身が伴ってないと意味がない。
思考の質の向上には、日ごろの訓練が欠かせない。
何でも深く考察し思考の質を上げる努力が必要になる。
しかし、思考の量はいくらでも増やせる。
トレードのみならず、何にでも思考を巡らせてみると良い。
くだらないことでも、すぐ忘れてしまうようなことでも、とにかく考えてみるくせをつけていくことである。
すると、実に思考の質が向上する。
子供のことでも、仕事のことでも、家庭のことでも、趣味のことでも、遊びのことでもすべてに好影響を及ぼす。
多くの日本人は、横並び主義で、考えを巡らせるよりも、「人と同じ」とか、「世間がどう見ているか」に焦点を当てて行動する。
考えているようで、実は考えていない。
それも仕方ないことで、学校教育では考えることよりも覚えて点数を稼ぐことが良しとされて育ってきた。
考えることもせずに、表面的に見えることだけで判断して、
「世の中が悪い、世間が悪い、民主党が悪い」
「生活しづらいのは、菅のせいだ。仙石のせいだ」
と自分以外の人を悪く言うことで満足している。
その点、尖閣ビデオを流出させた海上保安官、よく考えて行動していた様子がうかがえる。
ビデオ公開の影響をレポートにまとめ、噴出する問題をよくよく考えた上行動を起こしたようである。
私が同じ立場だったら、間違いなくビデオを流出させることは絶対にしていないし、なかなかできることではない。
私は、その勇気を称えるために第五管区海上保安本部に激励のメールを送った。
それが、私ができるせめてもの意思表示である。
さて、思考の量を増やすという話に戻るが、私の場合は、車に乗っている時も、通勤中も、散歩中も、とにかくいつも何かについて考えている。
ウォークマンで音楽を聴きながら考えている。
音楽は流れているが、音楽を聴くためではない。
周囲の雑音を遮断する意味合いで、音楽を鳴らしている。
「もし、今100億円あったらどうするだろう」とか、
「もし、自分が石川遼君だったら」とか、
「もし、自分がロッテのプロ野球選手で、
日本一決定の日に先発で投げろといわれたら」とか、
つまらない内容のことも考える。
どちらかというとくだらないことばかり考えている。
時としては、3分後には忘れているようなことも考えている。
その思考の量を増やしていくと、たまに「あっ」と思うようなアイディアが浮かぶ事がある。
そのような時は、忘れてしまわないように、すぐさまメモ帳に書き出す。
そして、しばらくたった後、そのアイディアを読み返しアイディアが広がっていくようなら優れたアイディアだということになる。
しかし、アイディアが広がらないなら、それは何でもない閃きだったということになる。
頭がいいとか、頭が悪いとか関係なく、この要領で思考の量を増やしていけば、確実に思考の質も向上することになる。
このような「圧倒的に考える癖」というものが、トレードの質に結びつかないわけがない。
これが、トレードの回数を増やさずしてトレードの質を向上させる裏技である。